1000系4連
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
明けて、1/16
夜遅くまで地震のニュースを見て寝不足気味だ。
駅へ行き、列車の遅延状況を見る。幸い、遅れはあるものの「シュプール・ニセコ」は運転中だ。
一安心して駅前のタクシーで、羊蹄山が見える倶知安~小沢の間のお立ち台へ向かった。
残念ながら羊蹄山は頂上が雪雲に覆われて見えない。
とはいっても仕方がないので、そのまま撮影をした。
もっとも今となっては「シュプール・ニセコ」よりも、国鉄色のキハ56系の方が貴重になるだろう。
いや、どちらも同じくらいか。
1993-01-16 快速マリンライナ- キハ56×2 3941D 倶知安~小沢

「シュプール・ニセコ」も同じような状況で撮影。
地震のお陰で遅延し、多少、明るさが増してくれたのが幸いだった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
1/15は、トマム付近で、「北斗星・トマムスキー」等を撮影後、函館線山線で倶知安へ移動した。
明朝に山線を越える「シュプールニセコ」を撮るためだった。
当時の冬はスキー専用列車として各地にシュプール号が運転され、その多くが客車だったから撮影にあちこち出かけていた。
倶知安に到着したのは夜の20:00頃。
直ぐに、駅近くのビジネスホテルへチェックインしカウンターで記帳の時だった。
突然の激しい横揺れに全く動けない。
そう、1993年1月15日20時06分07秒に発生した「釧路沖地震」だった。
地震が止むとホテルの従業員は慌しく、火の元の点検に走り回り、チェックインどころではなくなった。
ようやく騒ぎが治まり、部屋へ入る。直ぐにTVを付け釧路沖で地震があったことが判ったが、倶知安でこの揺れだ。
最後に行く予定だった釧路方面は一体どういうことに。・・・・・
気にはなるがどうにもならない。気分直しに倶知安駅へバルブをしに行く。
丁度、定雪のDE15が到着し撮り逃したのが残念だった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今週のテーマ写真館には、1993年1月の石勝線を行く「おおぞら」を載せた。
以前にこのカテゴリーで1992/93年の越年東北旅行を載せたが、それから2週間後、私は北海道へ渡っていたことになる。
この時の行程は、
1993/1/15 空路で千歳へ、
石勝線で、「夢空間」併結の「北斗星・トマムムスキー」(回送)を撮影
函館線(山線)で倶知安 泊
1993/1/16 倶知安付近で、「シュプール・ニセコ」「ニセコエクスプレス」撮影
札幌 泊
1993/1/17 石勝線で、新得へ
新得付近で、「北斗星・トマムスキー」、DD51貨列等を撮影
「はまなす」で、青森へ
1993/1/18 津軽鉄道、奥羽線50系等を撮影し、
「あけぼの」で上野へ
1993/1/19 成田臨を撮影後、帰宅
とうもので、元気だったなあと思う。
写真は、初日 1993/1/15の北斗星トマムスキ-編成 回9062レ
露出オーバーが悲しい; Nikon FA 1/500 AE 35-135mm

| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大釈迦峠の写真のついでに、このときの東北旅行の写真をスキャンした。
当時は、あまり旅行行程を残していなかったので正確ではないが、
撮影記録から推測すると18きっぷを使った、客車列車を追った撮影行で、
岐阜→新宿→笹川流れ→鳥海山→及位→陣場→大釈迦峠→青森→上野→真岡鉄道→岐阜
と、行ったようだ、
最後に真岡鐵道へ行っているのは、もちろん、C1266運転に備えた下見だ。
そこで、旅行行程に合わせて、写真を紹介していこう。
まずは、
1992年12月27日に岐阜を出発し在来線で東京へ、新宿から快ムーンライトで新潟へ向かった。
12/28 新潟から羽越線今川へ行き、笹川流れ近くで撮影。
暖冬のためか雪ではなく雨が降り、辺りに雪は全くなかった。
1992-12-28 笹川流れを行く、EF81+50系 4連 830レ 越後寒川~今川

| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
999Dさんのblog「線路を渡る風」を見ていて、自分も50系客車が走っていた頃に大釈迦峠などの奥羽・東北や北海道方面へ足繁く出かけていたことを思い出した。
当時は、随分と行っていたようで、スキャン済みの写真で一回の旅行と思っていたものが、今回、再スキャンのために原版を見たら、2回の旅行だったりと妙に関心してしまった。
そこで、今回のテーマ写真館には、「大釈迦峠を行くED75重連+50系」を出しました。
「ロコのページ」からお入りください。
これは、1992年の年末年始に東北へ出かけたときのもので、当時これが撮りたくて出かけたことを覚えています。
そして、そのときに前座として撮ったのがこの20系急行「あおもり」
以前は臨時「日本海」だったのが、アコモの格差が大きく、急行格下げになったものでした。
1992-12-31 EF81+ナハネフ22他 9511レ「あおもり」 大釈迦~鶴ケ坂

| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
今月は、ばんえつ物語を牽引するC57 180が門デフ(門鉄デフ、小倉工場式デフ、小工式デフ)となり話題となっている。
私は、現役時代から「門デフ」という言い形をしていたが、その姿が刷り込まれたのは広田尚敬氏の撮った原田のC55 57の姿だった。
自分で実際に見たのは、木曽福島機関区の休車中のD51が最初だった。
もっとも、これは正確には長工式デフで、正真正銘の門デフに会ったのは、電化直前の日豊線であった。
高森線でC12を撮ったあと。C12が走っているらしい山野線へ向かうために遵法闘争で大幅遅延の急行「みやざき」に乗っていた時の交換列車のC57 112だ。
当時のお粗末なコンパクトカメラで碌な写真が撮れるわけでもないが、とりあえず撮ったのがこんな写真。
このあと、憧れのC55 57に都城/吉松で対面出来たが、やはり碌な写真ではない。
だから、門デフには心が惹かれると共に未練があった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
山から雪の便りが聞こえ始め、紅葉が気になる季節になってきた。
以前は、北海道や東北へローカル線や旧客を撮影に行ったものだ。
そのような撮り貯めた写真をこのカテゴリーで紹介します。
今回は今は亡き深名線。(以前に紹介した写真ですがサイズアップして再掲です。)
ここは、車が無くてはまともに撮れないところなので、この路線が車を使いだしたきっかけになった。
このときは二日前に千歳でレンタカーを借りて新得へ。
「夢空間」や「さよならアルコン」を撮って士別に泊まった。
朝のDE15+DD51重連貨物を撮った後に深名線へ入り朱鞠内湖半で撮影後に
向かったのが、この幌加内峠だ。
朱鞠内湖での撮影時にチラチラしていた雪が途中で本格降りになった。
シャーベット状の道路をノーマルタイヤでひた走ったら雪が止みやっとの思いでたどり着いたのだが。
見事な白樺紅葉には思わず息を呑んでしまった。
タミング悪くクルクモルとなったが、たった一枚の貴重な記録になった。
1994年10月23日 キハ53-502単行 5723D
NIKON FA 1/250 AE(-2/3EV) 35-135mm PL

| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
最近のコメント