九州

2025年10月21日 (火)

久々の九州詣で DD200PP(9月27日) 南阿蘇鉄道、豊肥線、日豊線

立野駅近くで夜を明かして、最初の撮影は南阿蘇鉄道の立野鉄橋。

C12現役の昭和49年から何度も撮っている場所だが立野ダムが出来て大きく変わった。

これまで特徴あるトレッセル橋の下から撮ることが多かったが、そこは立野ダムの敷地となって立ち入り禁止になっていた。

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1986-3-31 「高森線さよなら号」9134レ DE10 1755+12系x6+DE10 1754 長陽~立野

 

今はダム展望台辺りから小俯瞰気味に撮るしかなくなってしまった。

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2025-9-27 立野ダムをバックに立野鉄橋を渡る MT4001単行 2レ 長陽~立野

この後は南郷谷へ、朝霧が晴れてきて外輪山が見えだした美しい田園は昔のままだった。

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1982-8-15 高森線 阿蘇下田~中松 181レ DD16 20(熊)+ワラ1,ワム80000



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2025-9-27 南郷谷を行く、MT4001単行 3レ 阿蘇下田城~南阿蘇水の生まれる里白水高原



この後、高森駅に寄って南阿蘇鉄道の撮影は終了。

いよいよ、今回のメインイベント会場である立野スイッチバックへ向かう。

残念ながらスイッチバック付近の田園は昔に比べて耕作放棄地が増えて以前のような場所で撮影できなくなっていた。

 

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2025-9-27 立野スイッチバックを行く、キハ200系 2連 425D 立野~赤水

 

やむなく以前より一段低い場所で設営。

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2005-10-16 DE10+50系+DE10 ディーゼルあそBOY 8412レ 赤水~立野



 

スイッチバック西端あたりの木々もかなり伸びて山肌をスイッチバックする様子が殆ど見えなくなっていた。

お目当ての列車は予想通りの時刻にやってきた。

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2025-9-27 熊本空港を遠望しながらスイッチバックを行く 立野~赤水

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2025-9-27  DD200-702+50系+DD200-701 立野~赤水

 

この先列車は宮地までノンストップ。宮地駅で留置中の定期列車を番線変更させて停車するようなので寄ってみた。

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2025-9-27 DD200-702+50系+DD200-701 宮地

 

撮影後すぐに列車は発車。私も出発し阿蘇谷を出て大分県側へ。
田園が広がる緒方~豊後清川へ向かった。そこは彼岸花も咲いていてなかなか良さげな場所だったが若干の線路沿いの藪が気になった。
予想通り後補機のDD200が隠れてしまった。

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2025-9-27  DD200-702+50系+DD200-701 緒方~豊後清川


ここからは前回のDE10重連ななつ星撮影との重複区間。

前回にロケハンした 竹中~中判田へ。

間に合ったのはいいのだが前回は無かった金網に邪魔されて難ありな撮影になってしまった。

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2025-9-27 DD200-702+50系+DD200-701 竹中~中判田

その後、日豊線宗太郎越えの撮影に移動。

こちらの時刻はかなり不確定で日没に間に合うか微妙だが折角九州まで来たのだから粘ってみることにした。

大分市内から一旦三重町まで戻ってから南下するのだが途中菅尾付近で白い彼岸花を眺めていたらY-DCがやって来た。

 

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2025-9-27 キハ125単行 豊肥線 菅生.犬飼

 

国道326号を南下して途中で県道へ入って国道10号へ合流して宗太郎へ向かった。

宗太郎駅は駅舎も無く寂しい駅だった。さらに南下して宗太郎越えを下見、更に南下して宮崎県に入った。

多分、今年の撮影最南端であろう場所で撮影。

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2025-9-27 鎧川を渡る、787系 「にちりん12号」 5012M 市棚~宗太郎

 

その後は宗太郎駅へ戻ってじっくりと列車の到着を待つことにした。

暫くすると賑やかに家族連れがやって来た。何だろうと思ったら、今回の団体列車への歓迎横断幕を持ってきたようだ。

お願いして撮らせてもらったりして時間が潰せた。

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そしてお目当ての列車が到着。私は撮影後ただちに宗太郎越えへ向かった。

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2025-9-27 宗太郎駅に入線する DD200-701+50系+DD200-702 

 

宗太郎駅で暫く扉開放しての停車。既に日没時刻を過ぎた山中で待機する。

流石に停められるようなシャッター速度は無理なので流し気味でなんとか撮影を終えることができた。

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2025-9-27 宗太郎越えをする DD200-701+50系+DD200-702 宗太郎~市棚

この後は大分までは来た道を戻って大分市内で満タン給油後に大分米良ICから東九州道へ入って次の給油地広島へ向かった。

 

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久々の九州詣で(序)

9月26日から28日にかけて久しぶりに九州へクルマ鉄してきました。

目的は、DD200プッシュプルで豊肥線、日豊線を走った50系客車団臨。

熊本発時刻と 宮崎着時刻と扉開放駅だけの情報でダイヤを推測しての行動でした。

前回の九州詣では 2021年の豊肥線・久大線のDE10重連ななつ星で大分県を訪れたのに対して今回は九州横断となりました。

折角なので前後の移動途中では中国地方のローカル線などに寄り道してきました。

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2016年5月 9日 (月)

がんばれ熊本! がんばれ「南阿蘇鉄道」(3)

5月7日の西日本新聞の社説として

「南阿蘇鉄道 地域の「宝物」全線復旧を」

が掲載されました。

ここに書かれているように私も南阿蘇鉄道が高千穂鉄道と同じ道を歩むのではとの不安があります。

一方では、地元の路面電車が水害で運休し復活したときの嬉しさを思い返すと
「地域をレールで結ぶ鉄道には被災地を勇気づける力がある。」
という説も肯けます。

利用者でもなく、観光で珠にしか訪れない者に過ぎない私ですが、せめてこの社説のリンク貼ります。

再び、緑豊かな南郷谷を列車が走ることを願わずにはいられません。

写真は国鉄高森線時代の1981年7月30日 中松~阿蘇下田
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2016年5月 1日 (日)

5月の更新

5月になりましたので、一部コンテンツを更新しました。
なお、2016年4月16日午前1:26を本震とする「熊本地震」にて被害を受けた「南阿蘇鉄道」は、白川鉄橋の修復など復旧までにかなりの大きな費用が必要な状況です。
奇しくも4月の弊ページの表紙は、九州新幹線が脱線した現場をかつて走っていた熊本のDD16とした私、九州最初の訪問地も熊本・立野・高森線であったので、暫くの間表紙を固定するとともに、第3セクター鉄道で始まった支援についてもお伝えして微力ながら早期復興を祈りたいと思います。
また弊ページTOPには過去の高森線・南阿蘇鉄道の写真をまとめてみました。
どうか皆様も支援をお願いします。
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写真は貨物列車健在の頃の高森駅
1982-8-15 高森


今回の更新は、ようやく要検から本線復帰をした真岡鐵道のC12 66です。




  「ロコのページ」

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2005年11月 5日 (土)

鉄道の日(12)(中部空港)

20051016012熊本空港から中部空港行きのANA336便に乗る。機材はA321、座席は12F(^o^)。
ここ数年は年1~2回しか空路は使っていないが、Airbus機が多い。Boeing機に乗ったのは、1~2割程度だ。
ウトウトする間もなく、中部空港に10分早着した。始めての利用であるが、3番ゲートから延々と出口までの移動のため早着のメリットが無くなってしまった。バタバタと荷物(といっても三脚だけだが)を受け取り、名鉄のホームへ。
予想通りの慌しさと混みようで、あまり使いたくないというのがこの空港の初利用の印象だった。

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鉄道の日(11)(肥後大津)

20051016011お目当ての撮影後は、帰宅するだけだ。外輪山からは空港の滑走路がよく見えて非常に近く感じる。
実は「あそBOY」の30分後に、愛知県営となった名古屋空港行きがあったのだがさすがに間に合わない。仕方が無いので20:00発のANAの中部空港行きにして、肥後大津で空港バスを待つことにした。
乗り換えの時間が結構あり駅周辺をウロウロしているうちに日が暮れると見事な満月が駅構内を照らしてくれた。久しぶりにバルブ撮影をして、空港へと向かった。

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2005年10月30日 (日)

鉄道の日(10)(ディーゼルあそBOY)

実を言えば、小倉工場のC12222だけなら、何かのついでにでも撮れるだろうと思っていた。
せっかく日帰りでも九州に行くならば、セミセンターキャブDLを撮る者としては、「ディーゼルあそBOY」(それも2位先頭の下り)も撮りたいとプランを練ってもなかなか解が出ず工場祭初日の15日は、あきらめて出社していた。
ところが、15日に会社の帰りに立ち寄った書店で見た”ダイヤ情報誌”に「10/16はプッシュプル!」の記載。これで、上り列車でも2位向き写真が撮れるということで、一気にその気になった。

20051016010ということで、お目当ての列車を昔からの定番とも言える外輪山を行く立野スイッチバックで撮るために斜面を登った。日頃の不摂生が祟り、息絶え絶えだ。「あそBOY」まで一時間以上あるが、動く気にならない。丁度善い塩梅にコスモスが咲いていたので、このまま、数本のDCをアングルを変えて撮って居座ることにした。
さて、お目当ての「ディーゼルあそBOY」は、予定通りのプッシュプルでやってきた。後補機は2位向きで、イメージどおり。リバーサルで撮影後、ちょっと(いや、かなり)タイミングを外して撮ったのがこのデジカメ写真。
これで、本日の予定を恙無く終了できた。

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鉄道の日(9)(立野鉄橋)

20051016009肥後大津でキハ200に乗り換えて立野に到着。
立野へ初めて来たのは、高森線の混合列車が廃止となる直前の昭和49年3月。この時はC12241の引く混合列車に乗って高森まで一往復した。写真については高森線といえば白川鉄橋が有名だが、C12時代にはそこまで行く気はなく、この立野駅近くにある立野鉄橋で撮った程度だ。
懐かしく立野駅にボンヤリ佇んでいると南阿蘇鉄道のホームにトロッコ列車+DC2連が入線してきた。
トロッコはこのあとのお目当ての列車と重なるのでパスするとして、DCを撮ってみようと、立野鉄橋へ行ってみた。白川にダムができるとかで新たに作られた迂回道路により景観が一変しているかと思ったが、多少視野にコンクリート橋が入る程度で一安心。今までに無い好天気で阿蘇山を綺麗に入れることができた。

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鉄道の日(8)(熊本)

20051016008「つばめ」に乗って熊本に到着。ここで0番線発の豊肥線に乗換えだ。
かって、高森線のC12やDD16を撮りに行った時にはこの0番線からキハ55やキハ52の混結編成に乗ったのだが、今は肥後大津までは電車だ。
豊肥線で電車に乗るというのは、あまりにも自分の中のイメージとかけ離れてしまっていてショックだった。さらにショックだったのは写真では電車の左手奥にある構内の裏手だ。九州鉄道時代のレンガ機関庫などがあったのだが、綺麗さっぱり無くなり瓦礫が多少あるだけ。九州新幹線建設のためとはいえ、産業遺産としての保存の動きは無かったのだろうか。

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2005年10月29日 (土)

鉄道の日(7)「リレーつばめ」

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博多からは在来線の「リレーつばめ11号」に乗った。787系に乗るのは95年の1月以来。当時は「つばめ」で、ビュッフェもあったのだが、今は廃止されてしまった。でも当時より濃い塗装となりより重厚な印象となったし、「つばめレディ」も健在で「つばめ」の名に恥じないように頑張っているようだった。

向こうからやって来たのは「ゆふ3号」

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