出張みやげ
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昨年の12月8日(金)、私は脳梗塞で倒れて入院した。
あれから1年がたった。
脳梗塞といえば、今ならオシム監督のことが気になる人が多いだろう。
監督は病院搬入までに3時間掛かり、回復に時間が掛かっているようだが、
私の搬入は30分以内だっただろうか。
脳細胞の壊死は時間との勝負といわれる脳梗塞。早期に発見できたことが幸いし
まだ暫くは坑血小治療が続くものの殆ど普通に生活出来るようになった。
退院してから仕事への関わり方も含めた生活を改めたことも、好結果だったのだろう。
業務時間は絶対的に減ったけれども、以前よりは内容は濃くなったように思う。
この鉄道趣味は、blogの掲示数にあるように、入院前よりも頻度も中身も濃くなった
ように思う。
これからもON/OFFメリハリつけて健康管理していきたい。
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4月となり、就業制限が解除された。
私にあった制限は、残業禁止と、業務用自動車運転禁止の二つ。
このうち、残業のほうは解除されても、これまでのような仕事の仕方はしないつもりであるが、業務用の自動車運転禁止の解除は待ち望んでいたものだ。
入院前は仕事で週に2~3日は名古屋の工場へ行っていたのが、公共交通機関が無い陸の孤島のため自力で行けなくなっていた。
そのため退院後は部下が行く時に同乗しか方法がなく週1回行ければ良い状態だった。
それが、自分で自由に行けるようになったのだから、こんなに便利なことはない。
今日は早速、朝から名古屋へ行き、昼には岐阜へ移動した。
途中の笠松で名鉄の踏切を渡るが、今が見ごろの桜並木である。思わず撮ってしまった。

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今日は真岡の重連運転日。昨日は、鹿島鉄道の最終日。
まだ、退院後、泊りがけの撮影をしていない身である。
しかし、先週は、いきなりスペイン出張を命ぜられそうなったりで、そろそろ、長距離に慣れなければならなくなったという身にはうってつけの口実ということで、一泊撮影に出かけた。
今回は31日は午後に撮影できれば良いとのんびり出発。
いつもの銀色フィット(今回はなぜか八王子ナンバー)を駅レンして、夕方まで鹿島で撮影の後に真岡へ向かった。
夕方から降りだした雨は未明には予報どおり止んだようで早朝は濃い霧だった。
朝食を終えて、機関区へ向かうと丁度C12が出区前の整備中だったので機関区脇の桜と組み合わせてみた。
まあ、これで本日の課題をクリヤーしてしまった感じになってしまった。(^o^)

その後は、往復ともに北真岡~西田井の桜並木で祭を眺めながらの撮影で済ませてしまった。
残念ながら、C12が先頭となる上りは黄砂のためか、黄ばんだ天気となってしまったのが残念だった。
写真は下り列車が来る直前の祭りの山車。

さて、次は飛行機に乗ってどこへ行くか。
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この週末は、あまり体調が良くない。
土曜日の天気が悪かったのが影響したのだろうか、あるいは会社で流行っている風邪のせいか。
血圧は仕事の余韻か土曜は高めだったがその後、通常値に戻った。
しかし、あまり気分がすぐれない。歩くのも少しフワッとして億劫な感じだった。
それでも天気が良くなるにつれ、日曜の午後になって体調が戻ってきた。
春のような陽気なので毎日通勤の車窓から気になっていた菜の花と梅の木を撮って来た。

ここの菜の花は、1月の中旬から咲いている。
流石にもう終わりのようで、随分刈り取られて寂しくなってしまった。代わりに、白梅が良い香りを振り撒きながら咲いていた。
列車の方は、特に変わったモノが来るでもないので、キハ48やキハ11を撮ってみた。

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退院して15日で8週間、職場へ復帰して4週間めになろうとしている。
復職後、暫く血圧が高い状態が続き、一方、体重は標準値を割るという状態で少々不安になってしまったが、出社、2週目からは血圧は安定し、体重も戻ってきた。
今日は、診断日だ。久しぶりに担当医と話す。血圧も安定したし、そろそろ、薬も終結できるかなと思ったが、あと2ヶ月と宣告されてしまった。2週間の入院の回復は時間が掛かる。根気よく、まだまだ気長にとも釘も刺されてしまった。
最近は、生活にも慣れてきた反面、思わぬ気ままな仕草でめまいが出るときが確かにある。まだまだ、全面復帰とはいかないようだ。
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今日から職場復帰した。
週末なので一日出れば一旦お休みである。
今日は、この1か月のブランクの間の状況把握や挨拶で終わった。
会社組織のいい所で、一人倒れてもちゃんと仕事は引き継いでなんとか出来ている部分が多い。
しかし、自分としては多分、これが今回の病原だろうと思われる仕事については相変わらずであった。
殆ど何も進んでなくて、状況把握の必要がなくて楽というか呆れるやら。
まあ、これからは再発せぬように仕事の仕方を変えるしかない。
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明日で、退院4週間となる。
昨日(1/16)は、外来診断日のため、久しぶりに病院へ行った。
頭痛などは緊張からくるもので問題ないということで出社OKとなった。
まだ暫くは抗血小治療が続くことと、元ともの体には問題ないので、仕事の仕方に注意することが条件となった。
そして、今日は会社の規定に基づく、復帰前の診断だった。
診療所の指示により、復帰はOKだが、当分は残業禁止、業務上の自動車運転禁止となった。
これで、晴れて出社OKとなったので19日(金)から出社することとなった。
職場の方も色々気を使ってくれているようであるが、さて復帰後はどんなことが待ち受けているか。
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退院して3週間となった。
元日以来、血圧は低め安定が続いている。
ただ、1/8に日帰り撮影のあと、若干高め(とはいっても入院前よりも低い)数字が出たが、それも今は元に戻っている。
外出して目眩が出るのは、どうやら意匠に凝った建物のようである。
無味乾燥な建物や平凡なところなら新たな場所でも全く問題が無い。
1/16(火)の診断結果に問題なければ、いよいよ来週末には仕事に復帰する予定だ。
いろいろな刺激に対してだいたい一日で慣れる様になってきたが
今後は仕事という強烈な刺激への復帰に対しては果たしてはどうだろうか。
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今日で正月三が日が終わる。
回復状況が暫く途絶えていたので年末年始の状況を書き留めます。
年末
適当に済ますつもりの大掃除が泥沼にはまってしまい、随分ゴミを出してしまった。
張り切りすぎた、年末は血圧は上がり気味で130/90台で、いやな感じだったが
体調は頭痛もなく悪くなかった。
2007年1月1日
元日からは朝から血圧が低い。110/70未満である。上は100を切りそうだ。
そのためか頭痛もして家に閉じこもってしまった。
1月2日
血圧は同じ状態。一日中あまり変動もない。
頭痛はしなくなったので2日は年賀はがきの追加購入を兼ねて市内を歩いてみた。
これまでに名鉄岐阜駅までは、苦もなく行けるようになった。
こんどは他へ行ってみようとJR岐阜駅構内のアクティブGから岐阜貨物駅跡に
出来たオーキッドパークを歩いてみることにした。
しかし、JRの構内からアクティブGへ入ったとたんに目眩がした。
どうやらJRのシンプルな床から、妙に凝ったアクティブGの床模様で
錯乱したようだ。
通り抜けるまで、気分が悪いままだった。
オーキッドパークでは別に何も目眩は無かった。
やれやれ、まだまだ、目眩は解消されそうにないことだけは判った。
1月3日
今日も血圧は低いまま。しかし、体調はよさそう。
実は、11月のTIA以後、車の運転は控えていた。
年末に町内を1周だけしたが、そのときの感じでは特に問題なさそう。
医者からもOKでているし、今日は本格的に車の運転をしてみる。
運転してみると、丁度タイヤも新品のスタッドレスに変えたところなので、
ハンドル感が違い戸惑う。
今のスタッドレスはすごい。全然静かである。
何か、若葉マーク時代の戻ったような感じ。
それを除けば、心配だった車窓を流れる景色で錯乱することもなく運転できた。
運転でこれまでと違う脳神経が刺激されたのだろう、テレビを見始めたときと
同じように頭痛がしてきた。
もっとも、テレビの時よりは軽く、帰宅したら直ぐに治まってしまった。
これで、多少の買い物もできるようになる。
なんと言っても我が家で車を運転できるのは私だけ。これまで買い物には
大変な支障があったので助かりそうだ。
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年が改まって忘れたいところですが、
実は、入院前から体調について記録を取っていました。
私の場合、いわゆる生活習慣からくる高コレステロール→高脂血→脳梗塞というパターンではなく診断の数字上では、全く健康。それでも、脳梗塞でやられることがあるということです。
今から思えば、あれも予兆だったということが色々思い返されます。
室内での目の異常。右目の盲点。そしてTIA。
あまりBlogネタも無いし入院までの経緯を読んでもらって、皆さんの早期発見の一助にでもなればと、私の脳梗塞発症から退院までの記録を書きとめることにしました。
退院記と日付が前後するので、バックデートで書きます。
カテゴリーから”闘病記”へ入って頂ければ幸いです。
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今日は、ようやくD200を1台だけ持って電車に乗った。入院以来、実に3週間ぶりである。
こんなに長いこと、電車に乗らなかったのは平成元年に入院して以来である。
まだまだ、ホームと車体の隙間は恐怖であるし、確実に座れる状態でないと自信がない。
足元を考えれば人の多い所や自動車の多い所は無理なので出来るだけ長閑で手近な所ということで、各務原線で岐阜・各務原の市境付近へ行ってきた。
既に入院前に工事中だった各務原線の田神~新加納の新駅舎と自動改札は供用を開始していて何か随分長い間、各務原線を使っていない感じがしてしまった。
新加納で降りると、いきなり目の前の高山線をキヤ91が通過していった。
そのキヤと交換でやって来たのがこのキハ11だ。
寒風を受けるだけで頭痛がする。長居はせず、さっさと引き上げた。
まだ、歩く時間は通常の2倍はかかる。せめて、1.5倍程度までには回復したい。
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12月8日に入院以来、2週間を経て、昨日(21日)に退院することが出来ました。
歩くことはできますが、巷を歩き回るには程遠い状態でこれから1ヶ月ほどかけて社会復帰していく予定です。
従って、今日から運転される台湾の内湾線CK124は知人の報告を大人しく見ることになります。
皆様には色々ご心配をおかけしました。
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12月21日(木)
4:30 目が覚めた。 今日は14時に退院だ。
体温35.8℃ 血圧80/120 ここ数日、殆ど同じ値で安定している。
9:30 担当医が見えた。お礼をいう。
次回の診察は、1月19日(金)でどうかという。
会社のルールでは、長期の病欠では、病院の許可の後、会社の産業医の
診断を受けて許可が出ないと出社できない。
金曜日に診察だと、産業医の診察は月曜日。出社は火曜日だ。
流石に退院して直ぐに1週間出社はきつい。
1月16日(火)に空きがあり、変えてもらった。
これなら、出社は木曜か金曜日だ。
1~2日出社すれば休みに入れるから最初の様子見としては都合がよい。
14:00 病室を片付け、お別れをする。「また戻ってくることがないようにしろよ」と
手術待ちの人から言われてしまった。
看護師さん達にも挨拶。残念ながら、初日から色々面倒みてくれ、
叱ってもくれたSさんやKさんは看護で忙しくて会えなかった。
さあ、1Fへ降りて初めて、屋外へ出た。予想通り、目眩が始まった。
歩道の目地や横断歩道に目眩がするようだ。
社会復帰は簡単ではなさそうだ。
入院費用はしめて16万円也。台湾行きの費用がそのまま化けてしまった。
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12月20日(水)
5:30に目覚めるまで熟睡していた。
10:00 担当医から昨日までの検査結果の説明
右小脳に小さな梗塞が3ヶ所程あり。(MRI写真で白点が3箇所)
末梢部の詰まりで脛骨動脈本流には梗塞無し。
小脳の代謝は激しいので2週間前の痕跡は難しい。
血液検査の結果は、血糖、血圧、コレステロールは標準値で良好。
細菌などの問題もなし。
ただし、善玉コレステロールが下限値でありもっと採る必要あり。
血栓の原因としては、心房細動や動脈硬化が考えられるが
因子の数字は良好。
不規則な生活リズムが起因と考えられる。
動脈硬化気味な血管が裂け、通常は出血となるところが内側が裂けた
ところに血小板が核となって血栓を生成したと考えられる。
血管の修復に約1ヵ月要す。
結局の所、高血圧はない。血栓を生じたから血圧が上がったもの。
生活習慣病によるものでもなく体はいたって健全。
血管がダメージを受けない注意が必要。つまり、寒暖の差が激しいときに
注意がいるということだ。
健康診断でコレステロールがどうとか気にしているだけでは
判らないものだったのだ。
退院してからは少しづつ行動範囲を広げ刺激を受けるとよい。
車も運転してよい。ということで、あとは、自分の体と相談して、
復帰していくしかない。
ということで、21日 昼過ぎ退院することにした。
12:00 昼食から、これまでの全粥からご飯食に切り替わった。
ただし脳梗塞=高脂血症食のため、全粥の時より淋しい食事に
なってしまった。
午後 階段上下(5F)を繰り返す。
上りで目眩がするのは、滑り止めのステンレスに蛍光灯が反射する
ためか。 見ないように視線を下げたら楽になった。
体重を測ると60.8Kg。健康診断では標準値に対し2Kg超過だったが、
見事に標準体重となった。
21時過ぎに寝入ったのようだ。
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12月19日(火)
AM1時過ぎに急患が入り目が覚める。30分程で再び寝入った。
5:30 目覚める。昨日の反動か、大便が出ない。
寝不足か波があるのか、今日はバランス感覚が悪い感じ。
階段練習では、やはり目眩がする。
午後 午後も階段練習、やはり上りがダメ。
3回繰り返したら頭がドキドキしてきた。
担当医 階段下りが出来るなら大丈夫。
上りの目眩は、階段の段が視線に入ることによるという。
要するにフリッカー現象か。
16時頃 またまた部下達が見舞いに来てくれた。
MRIがなかなか呼び出しがない。
16:45 ようやくMRIからの呼び出し。前回のCTは車椅子だったが、
今回は自力で歩いていく。
途中で会社の人たちに会う。どうやら労災があったようで声を
掛けたら渋い顔をしていた。
今回のMRIは念入りに調べるということで40分かかると言われた。
確かに、中にはいると今までに無い音がする。反
響する部分も、随分下まであって胸近い。
結局、1時間近く掛かってしまった。
この間、動かずじっと辛抱だったので、ふらつき気味で
病室へ戻った。
22時の消灯後暫くして寝入ったのようだ。
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12月18日(月)
4:30 早く目覚めてしまった。その後、ウトウト状態で6時になる。頭痛無し。
9:00 今日はシャワーの日。月、水、金と風呂かシャワーに入れる。
私は風呂の許可はまだだからシャワーだ。
今回は、前回のようなしんどさは無い。
やはり、どんな行動にも1回学習が必要なようだ。少しのぼせ気味。
9:30 担当医 血圧なども安定しており、19日のMRIで問題なければ
退院し自宅療養できるでしょうと。
ただし、検査は午後なので、説明は20日になるという。
きつく止められた階段練習もOKが出た。
今日は下痢気味か腹がゴロゴロする。
バイアスピリンの連続投与の影響だろうか。
あるいは巷で話題のノロウイルスの院内感染か。
12時前 高血圧で通院している、部下が見まいに来た。なにか立場が逆だなあ。
昼食後 階段練習を繰り返した。上りでも、あまり目眩はしなくなった。
が、しんどくなる。
18時頃 大挙、見舞い客がやって来た。
部下たちだけでなく、名古屋の仕事で色々世話になった人たちもだ。
本当に申し訳なく思った。
今いる6人部屋から今日だけで2名が退院した。
22時消灯 しかし同室に非常識な見舞い客がおり、
寝付き悪く、寝入ったのは23時頃か。
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12月17日(日)
5:30 2~3回目覚めるが、5:30まで寝入っていた。頭痛はない。
毎朝そうであるが、朝はバランス感覚が、悪い。
片足立ちしてみると左足は良いが、右足だとふらつく。
午前 今日は少し歩く速度を速めてみる。
しかし、速めてみると直ぐに目眩がしてきた。
まだ普通の速さには程遠いのだが。
15時前 名古屋のプロジェクトリーダが見舞いに来てくれた。
16時過ぎ 今の仕事の私の前任者が見舞いに来てくれた。
私がダウンしたので、色々と面倒をかけている。
ここのところ意外な人が続けて見舞いに来てくれる。感謝。
19:00 いつも、ニュース時間帯にテレビをみているが、今日は30分ほどTVを
見ても頭が痛くならない。
22時の消灯前に寝いったが消灯時に目が覚めて1時間程寝付けなかった。
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12月16日(土)
6:20 電気が点くまで寝入っていた。
夜は時々目が覚めたがトイレへ行くこともなく殆ど寝入っていた。
頭痛、痺れなし。
しかし、色々な声が聞こえるようになったら少し痛くなりだした。
頭痛は直ぐ止んだ。
8:00 朝食後、1Fへ下り、ウロつく。3Fまで階段で上がったら疲れた。
看護師のSさんに階段はまだ許可されていないと注意される。
Sさんは救急処置以来ずっと、面倒をみてくれている。
やさしくしてくれるが、厳しいなあ。
担当医は今日はお休みだ。頭痛は寝入るまで無かった。
右首後ろの痛みも今日は無かった。
22時の消灯の前に寝てしまったようだ。
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12月15日(金)
あの日から、1週間を超えた。
見舞いに来る人は、何もできなくて退屈だろうと言ってくれるが、実の所
以前に5ヶ月近く足の骨折で入院していたから、何もしないで寝ているのには
それなりに覚悟ができている。そんなに苦にはなっていない。
搬入時に200あった血圧も、コンスタントに125前後/82前後で
安定するようになった。
今朝は断続的に未明から目覚める。
寝たり覚めたりを繰り返して6時過ぎに目覚める。
右手足にかすかな痺れ。肩がこり、首をゴキとしたくなる。
7:45 朝食が今日は遅い。朝食後、左首耳後下が唾飲み込んだ時に内側から
ズキッとする。
食堂へ行くと、看護師をしていると聴いていた職場の同僚の娘さんから
挨拶を受けた。母親似かな。
10:30 初めてのシャワー。久しぶりで気持ちがいいが、やはり初めての姿勢は
保持がしんどく、少々疲れた。
左でなく、いつもの右首後ろの痛みが始まる。
今日はここ数日で一番バランス感覚が悪い感じだ。
15時過ぎ 首後ろの痛みは消えたが、右前頭痛が始まる。
その後、頭痛は治まるが右首後ろの痛みは復活。
気付かなかっただけで、ずっと続いていた?
17時過ぎ 1Fへ降りて歩く、階段は上りより下りが怖いと思い、避けていた
下り階段に挑戦。上りより楽だった。
前回と同様に歩くと両手が痺れる。
担当医 右首後ろの痛みは今回の症状と関係ありという。
19時過ぎ どこで聞き付けてきたのか、かっての研究仲間が見舞いにきた。
22時の消灯前に寝てしまった。
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12月14日(木)
4:30 目覚める。
病院でのリズムに慣れ、22時前には眠り、5時前後には目が
覚めるようになった。
今日は入院以来、最も頭がスッキリした感じだ。
9:30 担当医から、MRI検査を12月19日に行うと言われた。
それまでは入院継続だ。
この検査結果によって退院して自宅療養か、入院継続かが決まる。
院内歩行は上下階も許可された。
午後 早速、1階までエレベータで降りてみる。これまでは病室あるフロア
だったが1階は外来や見舞い客が歩いている。
さあ、ちゃんと歩けるだろうか。
とりあえず、ロビーや売店付近などを歩いて見る。
どうも、初めての所は、目眩がするが、2往復したら慣れてきた。
この分なら階段も行けそうかなと階段へ行ってみると以外と上がれた。
ただ、なにか目がくらくらする。
2階まで息付きながら上がって、エレベータで5階の病室へ戻った。
夕方 会社の同僚が見舞いに来た。
21:40 早めの就寝
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12月13日(水)
5:00 目覚める。
7:30 今日からは朝食後バイアスピリン服用だ。
今朝は少しバランス悪いようだ。
洋式トイレで前かがみにしたら、そのまま扉へ倒れこんで
暫く体が起こせなかった。やれやれ、これも、学習が必要か。
9:00 看護師さんに体を拭いてもらう。バジャマに着替え。
10:00 担当医 直進歩行と一直線歩行をチェックに来た。
初日のMRI写真で説明を受ける。MRIでは右脛骨動脈部の流れが
ぼやけている。
ここは脳幹等あり血管も曲がっていて乱れの多い部分でココが悪さした
可能性があるという。
外科手術的には脳幹等が錯綜しており避け、抗血小板剤で治療を進める。
様子みて退院。通院に切り替える。
血圧は脳梗塞後の降下値として良好なので降圧剤は不要。
歩くことができるようになったので、昼食からは配食から食堂食へ
切り替えとなった。
12:00 放送があり、昼食のため食堂へいく。
果たして、お盆が持てるか。と思ったら事前にテーブルに私の分だけが
置かれていた。
食事後、お盆を片付ける。問題なく持てた。
なんとか食事は自力で行けることが判った。
午後 15日(金)にシャワーの許可が出た。
朝から続いていたキーンという頭痛は夕方には治まった。
21:30 就寝、1時間程で寝たようだ。
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12月12日(火)
5:00 目が覚める。相変わらず、隣は無神経にテレビを付けている。
咳の音は慣れたようだ。普通の刺激に対しては、1回経験すれば
あくる日からは大丈夫なようだ。
逆に言えば早く色々な刺激を学習しないと復帰できないということだ。
テレビは昨日と同じく1分もたてば頭痛がする。
9:30 担当医から説明。血管になんらかの傷ができ、そこにできた固まりが
なんらかの拍子でとれて脳幹で詰まった。
脳幹をやられたことを非常に心配していた。再発すれば、命の心配もある部位だからだ。
13日から投薬療養とし、バイアスピリン100で血液改善するという。
午前の点滴2本が早く終わったので、昼から何度も階内を歩く。
まだスピードは上げられない。
何度も往復するうちに頭がキーンと鳴りだす。
一眠りしたら楽になったが音は鳴り止まない。
14:00 シーツ交換
17:00 担当医が再び様子を見に来た。血液検査は異常無し。
コレステロールも問題ない。
いわゆる高脂血症という生活習慣性の梗塞では無いと言う。
問題はなぜ首の血管が詰まり易いかだ。
夕食後、点滴2本を受ける。
21:10 最後の点滴終了し入院以来の点滴針が抜かれた。
22:00 消灯後30分程で眠りについたようだ。
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12月11日(月)
6人部屋だと色々な人がいる。隣は酒の溺れて肝臓を悪くしたようだ。
生活がルーズなのだろう。
病院でも周りに気にすること無く消灯後もテレビを見ている。
このテレビの明かりが眩しくい。
どうも光の刺激が脳にきついみたいで寝られない。
昔、問題となった「ポケモン騒動」と同じで私の脳の光刺激への耐性は
幼稚園児級のようだ。
6:00 頭痛はなく朝から楽。
Kさんに叱られたので、看護師さんに付き添ってもらって自力でトイレへ行く。
9:30 担当医から説明 13日から点滴から薬へ切り替え。
CT、MRIからの所見の説明を受ける。
血管内に出来た血の塊が首ゴキで脳へ送られて血栓になったらしい。
フロア内の歩行許可をもらう。
テレビも脳に刺激を与えるために見て良いと。
会社に提出するために診断書を書いてもらう。加療一ヵ月だ。
午後 首の超音波検査と頭のCTを受ける。
車椅子に乗せられ点滴をしっかり持ってなさいと言われると、
看護師のSさんが元気良く押していってくれた。
今日は午前3、夕食後2本の点滴を受けた。
食事は全て食べれた。
テレビは、見ると1分もたたない内に頭痛がする。切って暫くすれば頭痛は
治まる。 これも、暫くの辛抱か。
この病室には肺炎の患者もいる。私の脳は光だけでなく咳に過敏反応する。
咳の都度、頭がふらつく。
歩きは右に寄ることはないが反応が鈍くて安定遅い。
ゲインの低過ぎる比例制御みたいだ。
少し早く歩こうとしたら足だけ先に行き頭が追い付かない。
22:00 就寝 意外に早く眠りに入ったよう。
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12月10日(日)
5:00 頭痛がひどくて目が覚める。 たまらず、薬もらうが治まらない。
7:30 朝食だが頭痛が治まらない。
たまらず朝食はベットを起こしてもらう。お粥も少し残してしまった。
9時ごろ 今日の点滴が始まった。
昨夜の患者の容態は非常に悪いようだ。
この先、色々な救急処置が必要になりバタバタするからと、
6人部屋へ移った。
病室は移ったが看護師のローテーションとしては同じチームの担当なので
面倒を見てもらえる看護師の顔ぶれは同じだった。
点滴が始まってから頭痛が治まってきた。
昼食は自分で起きて食べることができた。
夕方 点滴が一旦終わった。また夕食後にあるという。
体が自由になったので、看護師のKさんに助けてもらって立ってみる。
少しフワフワするが自立出来た。病室の窓まで歩くことができた。
久しぶりに見た外の景色に感激した。
この後トイレも自力で歩いていってみる。
初めての自力歩行後は直ぐに看護師が血圧チェック。
もう以前の平常値に戻っていて血圧は異常なし。
19時頃 夕食後の点滴が始まった。22:00の消灯までの辛抱だ。
22:00 点滴が終わり消灯。
夜中にトイレへ行きたくなり、自力でトイレへ行った。
翌朝、チャンと看護師を呼びなさいと看護師のKさんにきつく叱られた。
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12月9日(土)
無事、一日が過ぎ朝を向かえることができた。
今日も相変わらず点滴だ。総量1600CCを一日かけて注入するととう。
7:30 朝食の時間だ。
果たして食べられるだろうか。今回は果たしてベッドから自力で
起き上がることができた。 一歩前進だ。
9時過ぎ 担当の神経内科部長が様子を見に来た。
今日も相変わらず点滴だ。総量1600CCを一日かけて注入するととう。
医者は室内なら歩く練習して良いという。
もっとも、一日中点滴の上での歩行訓点はちょっときつい。
結局、歩行訓練はできなかった。
隣の人が手術のため病棟を移動し、独りになる。
午後 会社の上司、同僚が相次いで見舞いに来てくれた。
「まあ、仕事は忘れて治療に専念してくれ」と。
決まり文句であって今の仕事の状況では、そうは行かないのも事実だが、
今の自分にはどうにもならない。任せるしかないのだから開き直るだけだ。
担当医から言われたように、1ヶ月は会社に出られないと伝えた。
昼食、夕食も問題なく、自分で体を起こして食べれた。
22:00 病院の消灯時間になったので寝る。
0時頃 急患が入ったようだ。
看護師達が慌しく、隣の準備をしていて、あまり寝れない。
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2006年12月8日(金)
6:30 朝の血圧は135/83。朝にしては、いつもに比べ高い。
昨日、一昨日と同様に頭が重い。
とはいっても、今日は名古屋行きだ。いつもはマイカーで直行であるが、
今日は部下の運転する社用車に同乗という気楽な身分ということで、
精神的には楽である。
7:00 いつものように、名鉄電車で会社へむかうべく名鉄岐阜駅へ徒歩で行く。
7:40 いつもの電車が下車駅である三柿野駅に進入する直前で首を
コキッとやった後おかしくなったようだ。
降りようと立つが右へ勝手に流れ自分の姿勢が制御できない。
扉に前まで行けたが、もう足が出ない。思わず、横の席に座ってしまった。
扉が閉まり電車が動き始めた。ああ、遅刻だ。運転してくれる部下に悪い
ことをしたという気持ちが頭によぎる。
電車はここから各駅停車だ。下手な無人駅で降りないようにしようと
名電各務原で下車を試みた。
しかし、先ほどと同じで右に傾いて前へ進めない。
意識はハッキリしている。この区間の乗客は少なく車内は閑散としている。
そのまま電車に乗ったまま名電各務原を過ぎたところで車掌が異変に
気付いてくれた。
車掌「どうしました?気分がわるいのですか?」 私「歩くことができない」
車掌「新鵜沼で救急車を手配しましょうか」 私「お願いします」
救急手配を終えて車掌が再びやってきた。
「救急車員を手配しました。新鵜沼の駅員が待っていますから、動かず、
そのまま車内で待っていてください」
ありがたかった。
果たして、新鵜沼に着くと駅員が2名、私に声を掛けて、ホームへ
担ぎ出してくれた。
ベンチに座らせてくれ、「もう直ぐ救急車がくるから辛抱しろよ」と
声を掛けてくれた。
ベンチでは、もう座っていることもできなかった。
そのまま、右へ倒れるように横になった。
救急車が近づく音が聞こえる。暫くして新鵜沼のホームへ
救急隊がたどり着いた。
意識はきちんとある。2週間前に倒れたことなども含め話をする。
その場で測定した血圧は上が201だった。
新鵜沼の駅にはエレベータが無い。ホー-ムから階段を二人掛りで
抱えられて駅前の救急車へ運ばれた。
「東海中央病院へ行きますね」と言われた。
この病院は、会社で労災があるときに行く、会社の直ぐ近くの病院だ。
今まで、お見舞いでは行ったことはあるが、自分には縁の無い病院と
思っていたのだが。
会社待っている部下のことが気になる。意識はハッキリしているので
救急車の中から、とにかく会社へ携帯電話で第一報をいれた。
東海中央病院の救急治療室へ運ばれまずはCT検査を受けることになった。
しかし出血などの異常はない。
心電図の異常も無いもないので暫く様子を見る。
ここまでは先々週と同じだ。
が、暫くして嘔吐が始まった。つばを飲み込むことが出来なくなってきて
変だと感じる。
すると、看護師が右顔面麻痺に気づいた。
直ぐに神経内科へ連絡、急遽、血液検査とMRIを受けることになった。
MRIは前回と同様であったが、時間が長かった。
音も前回と同じ音だけでなく、もっと様々な音が聞こえた。
つまり、検査箇所がかなり広範囲だった。
その結果、右小脳の脳梗塞が発見された。また、マヒ症状から見て、
脳幹も一時的に脳梗塞になったと診断された。
おそらく、血液はどろどろでしょうと。
見つけてくれた。今までの不安が解き放たれて、何かすごく安心した。
即入院となる。病室が空いていないということで、差額ベッドの二人個室と
なった。
当面の治療方針としては脳保護と血液改善の点滴治療を受ける凡そ
二週間の入院、その後1ヶ月は様子を見ることになるとのことだった。
この時点でほぼ正午であった。
15:00頃
一通りの救急治療措置を終え症状が安定したところで、遅目の
昼食となった。
看護師は心配そうに流動食にするか?と聞いてきた。
自分としては麻痺も消えて、食べられそうな感じなので、「食べたい」と
言うと全粥食を出してくれた。
食事をしようととベッドから体を起こそうとするが、発作時と同じで
保持出来ず右に傾く。
看護師にベッドを起こしてもらって体が安定したら平然と
食べることができた。 ひと安心だ。
18:30 病院の夕食時間となった。体調は良い感じだ。
あれほど不調だった目の具合もハッキリ見える。
当然のように夕食も、昼食と同様に食べる。
ベット上に上半身を起こすが昼と同様に保持出来ず右に傾く。
ベットを起こしてもらって食べ始めた。が、急に嘔吐してしまった。
まだまだ、無理か。
結局、栄養分も点滴補給となった。今夜は一晩中点滴が続く。
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12月8日に再び救急車のお世話になりました。
脳梗塞で今度は入院です。
幸い処置が早く、ベットからこんなことが出来る状態でいます。
当然、楽しみにしていたクリスマスイブの内湾線CK124撮影は断念。
WEB更新も退院まで中止させていただきます。
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2006年12月4日(月)
出社前の血圧128/79
降圧剤を飲みだしてから、気持ちの悪いふらつきがする。
今朝は薬を飲むのを止めた。
出社すると、部下の仕事の仕方で何やら騒ぐ外野がいる。
これで一日中振り回される。こういう仕事が一番精神的に悪い。
19:00からの会議は、上司に断りを入れて18:00に退社する。
就寝前の血圧は132/76と高くなっていた。
12月5日(火)
出社前の血圧123/84 今日も降圧剤を飲まず。
昨日の外野が、まだ騒いでいるようだ。他人の悪さ加減を見つけては
首を取ったように喜ぶ輩だ。
それに振り回される上司と共に火消し仕事に振り回される。
非常にしんどくなる。重い頭痛もし始める。
明日は休みたいが、この火消し仕事を片を付けねばならない。
19:00退社
12月6日(水)
出社前の血圧121/76 今日は精神安定剤も飲まず。
結局、これがふらつきの原因だったようだ。しかし、体は重くだるい。
外野の騒ぎは不正確情報による早とちり。そうと判ったら謝りもせず黙りこくる。
勝手なものだ。うっとうしい仕事はほぼ片付いた。
金曜日は久しぶりに名古屋へ行く予定だ。
金曜日の名古屋行きは、リーダーとしての儀式的なところがあり、気が楽であるから
実質的な仕事は明日までだ。とにかくがんばろうと自分に言い聞かせた。
12月7日(木)
出社前の血圧129/87
ちょっと高い。降圧剤を飲む。まあ、今日一日辛抱すれば良いと思い出社。
今日は、ディーラに車のスタッドレスタイヤの新調をお願いしてある。
帰宅後、タイヤが交換されていることを確認。
さて、なんとか今週の仕事も乗り切った。
この分なら内湾線は行けそうだと踏んで、UA831便の予約処理をする。
が、システムエラーとなって予約できない。まあ、明日の帰宅後にやれば良いか。
そう思って就寝する。
就寝前の血圧 115/92
そして、運命の日を迎えることになった。
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12月の更新を行いました。
今月のギャラリーは、12月1日に廃線となった神岡鉄道・旧国鉄神岡線です。
これまで岐阜県の旧国鉄ローカル線は全て第3セクターとして生き残ってきましたが、とうとう最初の廃線となってしまいました。
実は、最後に今年は1回は撮影をしたいと思っていたのですが、最後の週末は過労で倒れていました。
ようやく回復してきましたのでクリスマスイブのお楽しみ(??)を目指して調整をしていくつもりです。
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2006年11月28日(火)
体調は、昨日と変わり無い。昨日のM病院の診断に納得できない。
1月に血圧に気を付けよといった行きつけの病院へ相談に行った。
すると、「一過性脳虚血発作(TIA)」だという。
血圧自体は変動するものだから、そう気にするな。
それより、仕事の仕方をかえるなどのストレスを減らせと注意をされた。
血圧は139/103.やはり高めだ。
結局、降圧剤と精神安定剤を投与されることになった。
帰宅後。「TIA」を調べると、脳梗塞の予兆。
TIAになったらほぼ確実に脳梗塞になると・・・
22:00の血圧 113/67
11月29日(水)
「脳梗塞」という言葉が気になってしまう。頭痛は続いている。
朝の血圧は122/86.薬のお陰か、平常値だ。
この分なら明日は出社できそうだ。
就寝前の血圧 120/74
11月30日(木)
7:00 久しぶりに出社する。出掛けの血圧は121/82.
少し、ふらつきはあるが、まあなんとか歩き回る。
17:00 今日は、大事を取って、定時退社する。
12月 1日(金)
7:00 出掛けの血圧 118/74
降圧剤お影響か、精神安定剤の影響か。
今までと違う気持ちの悪いふらつきがある。
18:00 昨日よりは少し残ってみた。ひとまず、今週の仕事はこれでお仕舞いだ。
就寝前の血圧 104/67
12月 2日(土)
朝の血圧は118/74。気持ちの悪いふらつぎが残る。
今月の予定としては、12月23/24日に内湾線のCK124を撮影する
のが私の最大の楽しみだ。体調が回復したらぜひ行こうと思っている。
しかし、先週から一度もカメラを触っていない。
倒れてから、自分の体に何が起きているのか。
電車を見て、シャッターを押す反応はできるのか、そもそもカメラが
構えられるのか、試してみることにした。
市内線の軌道跡を歩いて撮ってみる。カメラを構えて、シャッターを
押そうとすると手が震える。
しかし、何度も押しているうちにだんだんと治まったきた。
なんとかなりそう、一安心した。
倒れて以来、必然的にTVを見ることが多くなった。
元々地上波の番組、特にバラエティは嫌いなのでCSで音楽や洋画を
見ていることが多い。
洋画はいつもソファに横になって見ているのだが、字幕を見ていて、
異常に気づいた。
字幕の一文字だけ、黒くボカシが入ったように見えない。
姿勢を変えるとボカシの位置が変わる。自分の左目がおかしい。
目をこすっても、眼鏡を掃除しても同じだ。
そういえば、30年ほど前に、外傷性の白内障が見つかり進行性では
ないが、ピンポイントで見えない所があるかもしれないと眼科で
言われたことがあった。
一度もそのような問題がなかった。それが今頃現れた?
就寝前の血圧 104/67
12月3日(日)
気分は昨日と変わらない。朝の血圧は131/87と高めだ。
さて、シャッターが押せれば、次は走行車両を撮れるか。
タイムラグが問題だ。
足取りにまだ不安があるため、駅から手近に撮れる場所ということで
笠松へ行く。
架線柱と架線柱の間に木曽川鉄橋(文字入り)を入れ、さらにパンタが
架線柱と重ならないタイミングで撮れるか?
1回目はパンタが重なったが、2回目からは大丈夫だった。
この分なら普通に写真は撮れそうだ。あとは体調だけだ。
この日は、近くの写真屋へMOを持って行って年賀状のプリントを
お願いした。
去年は予約に間に合わなかったし、いつも期限ぎりぎりで依頼するのに、
今年はなぜか、早々に依頼してしまった。
就寝前の血圧は119/76.
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2006年11月25日(土)
相変わらず名古屋の工場建屋へ入ると目の具合がおかしい。
他所ではそう気にならないから、この建屋の照明固有のことだろうと思っていた。
今日は、名古屋へは行かず、岐阜で仕事だ。
17:30頃
仕事を終えて帰宅へ。
11月5日の故障以来ずっと出社が続いていたが明日は休めそうだ。
今年は紅葉も撮ってないが、遅れ気味の紅葉と廃止を間近にした神岡鉄道へ
写真を撮りに行って気晴らしでもしようか。
そう思うと、ちょっと気が楽になって家路へマイカーを走らせた。
いつも通る道をいつものように走らせる。いつもとおる信号付き横断歩道に近づく。
ここは、信号無視の横断者が多いので気を付けるところだ。
右手から勢い良く、自転車が渡ってきた。なんという無謀な!徐行して進む。
と、思ったら突然、赤信号が視界に入り急ブレーキだ。
なぜだ。ブラックアウトしたように、ぜんぜん、赤信号が視野に無かった。
なぜだ?
なんか、おかしい。疲れのせいかと思いつつ。
21:30
明日は撮影と思い。風呂に入った。
湯船に浸かり、「ああ気持ちいい」と思った瞬間だった。
キーン耳鳴りがが始まった。
のぼせたか、と思いながら体を洗って風呂を出る。
22:10頃
ちょっと、頭が痛い。しんどいなあと思いながら、居間で休んでいると、
名古屋の工場から機械が壊れたとHELP電話だ。
業者でないとできないことを尋ねられても、なんともならない。
そのために名古屋にいる要員が居るのに帰宅させといて、こちらに
電話を掛けて来たのだった
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