南廻線
2023年5月 1日 (月)
さよならDR2800-3000(1)
台湾鉄路で活躍していた日本製の自強号用ディーゼル車DR2800(東急車両),DR2900(日立),DR3000(日立)が3月下旬に引退したという。
最近はコロナ禍となりご無沙汰の台湾であるが以前はよくお世話になった車両たちだ。
いずれもステンレス車体であるが個人的には国鉄優等車両のように裾を絞った断面のDR2800よりキハ20系のような顔立ちのDR2900,DR3000のほうが好きだった。
2006年に脳梗塞で倒れたのち、リハビリを経た後の最初の訪台で2007年5月の連休に訪れた花蓮への足はDR3100自強1057次(45DR3115)だった。
車内販売の駅弁を食べながら日没後の夜の海岸線を爆走する響きは昔乗った予讃線の夜行DC急行「うわじま1号」を思い出したし、福隆站の「べんと~」の声を懐かしく感じ自分自身が回復できたことも含めて印象に残る旅だった。
この旅で初めて訪れた太麻里海岸への足は自強1071次(40DR3074)で撮った最初の列車はDR2900/3000の自強2059次だった。
2017年3月27日 (月)
2014年8月31日 (日)
2011年8月24日 (水)
2011夏 台湾撮影記(第2日 8月19日 その2)
台東での租車を走らせての撮影は僅か5時間。
5時間で2000元の租車と前日の2時間で1200元の計程車ってどっちが高い?
この後は、台東から枋寮まで藍皮客車の普快354次に乗車だ。
この日の編成は、R108+40TPK32215T(印度)+35SPK32778
印度車には、「朝晩は婦人専用」の表示があるせいか、平快車が大混雑。
のんびりできる感じではないし、暫く印度車に乗っていなかったこともあって今回はTPKに乗車した。
炎天下で留置の残る車内であるが走りだせば風が気持ちいい。
太麻里で、台東行きの普快355次と交換。
一昨年の莫拉克颱風暴雨で壊滅的被害を受けた太麻里川周辺の集落跡は、河床と言える変わりよう。
暴雨の怖さを思い知らされる。
瀧溪で交換待ちで停車。
鐵路迷がいると知ってか列車長が、交換だよと教えてくれる。
殆ど、台東で撮影終了して窓から眺めているだけ状態だったが、何度も教えてくれるので站撮りした
2011-8-19 莒光93次 と、 普快554次 TPK32215 瀧溪
枋寮には定刻着。ここから莒光82次で新左営へ。
座席は屏東で変更になっているので混雑が予想されたが案の定の大混雑で無座票で座っている人を退けての着座となった。
その後は高鐵で台中へひたすら移動して租車を受取り明日からの舊山線撮影に備えた。
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2011年8月23日 (火)
2010年6月25日 (金)
2010年6月20日 (日)
2010年6月19日 (土)
台湾鐵路局 南廻線撮影記(6/6 その1)
舊山線の撮影を終えた後は、集集線撮影で利用する員林のホテルに宿泊した。
6月6日は工事中の集集線へ行こうか、南廻線へ行こうかと迷ったが、天気が良い見込みなので長駆、南廻線へ行くことにした。
朝をゆっくりし過ぎて、9:30に出発。 中山高速公路を快走する。
今回の目的地は未だに行けていない、撮影名所の「枋電1号隧道」だ。
だいたいの見当はついているが見つかるだろうか。
高速は空いていて、快適そのものだったが、流石に日曜日である。
枋寮あたりからの省道はかなりの混雑となった。
おまけにネズミ捕りまでもがいた。(冷や汗)
見当を付けていた農道に入って登ると正にそこは、「お立ち台」だった。
時間的に「環島之星」がやって来る時間なので構えて待つと定刻どおりで79次「環島之星」がR100型の重連でやって来た。
梅雨時だけに湿度が多くて視界が利かないのが残念だ。
2010-6-6 R136+R100 79次 環島之星 内獅~枋山
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