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2006年11月28日 (火)

TIA そして出社

2006年11月28日(火)
   体調は、昨日と変わり無い。昨日のM病院の診断に納得できない。
   1月に血圧に気を付けよといった行きつけの病院へ相談に行った。
   すると、「一過性脳虚血発作(TIA)」だという。
   血圧自体は変動するものだから、そう気にするな。
   それより、仕事の仕方をかえるなどのストレスを減らせと注意をされた。
   血圧は139/103.やはり高めだ。
   結局、降圧剤と精神安定剤を投与されることになった。
   帰宅後。「TIA」を調べると、脳梗塞の予兆。

   TIAになったらほぼ確実に脳梗塞になると・・・

 22:00の血圧 113/67

11月29日(水)
    「脳梗塞」という言葉が気になってしまう。頭痛は続いている。
    朝の血圧は122/86.薬のお陰か、平常値だ。
    この分なら明日は出社できそうだ。
    就寝前の血圧 120/74

11月30日(木)
  7:00 久しぶりに出社する。出掛けの血圧は121/82.
       少し、ふらつきはあるが、まあなんとか歩き回る。
 17:00 今日は、大事を取って、定時退社する。

12月 1日(金)
  7:00 出掛けの血圧 118/74
       降圧剤お影響か、精神安定剤の影響か。
       今までと違う気持ちの悪いふらつきがある。
 18:00 昨日よりは少し残ってみた。ひとまず、今週の仕事はこれでお仕舞いだ。
       就寝前の血圧 104/67

12月 2日(土)
      朝の血圧は118/74。気持ちの悪いふらつぎが残る。
      今月の予定としては、12月23/24日に内湾線のCK124を撮影する
      のが私の最大の楽しみだ。体調が回復したらぜひ行こうと思っている。
      しかし、先週から一度もカメラを触っていない。
      倒れてから、自分の体に何が起きているのか。
      電車を見て、シャッターを押す反応はできるのか、そもそもカメラが
      構えられるのか、試してみることにした。
      市内線の軌道跡を歩いて撮ってみる。カメラを構えて、シャッターを
      押そうとすると手が震える。
      しかし、何度も押しているうちにだんだんと治まったきた。
      なんとかなりそう、一安心した。

      倒れて以来、必然的にTVを見ることが多くなった。
      元々地上波の番組、特にバラエティは嫌いなのでCSで音楽や洋画を
      見ていることが多い。
      洋画はいつもソファに横になって見ているのだが、字幕を見ていて、
      異常に気づいた。

      字幕の一文字だけ、黒くボカシが入ったように見えない。

      姿勢を変えるとボカシの位置が変わる。自分の左目がおかしい。
      目をこすっても、眼鏡を掃除しても同じだ。
      そういえば、30年ほど前に、外傷性の白内障が見つかり進行性では
      ないが、ピンポイントで見えない所があるかもしれないと眼科で
      言われたことがあった。
      一度もそのような問題がなかった。それが今頃現れた?

      就寝前の血圧 104/67

12月3日(日)
      気分は昨日と変わらない。朝の血圧は131/87と高めだ。
      さて、シャッターが押せれば、次は走行車両を撮れるか。
      タイムラグが問題だ。
      足取りにまだ不安があるため、駅から手近に撮れる場所ということで
      笠松へ行く。
      架線柱と架線柱の間に木曽川鉄橋(文字入り)を入れ、さらにパンタが
      架線柱と重ならないタイミングで撮れるか?
      1回目はパンタが重なったが、2回目からは大丈夫だった。
      この分なら普通に写真は撮れそうだ。あとは体調だけだ。

      この日は、近くの写真屋へMOを持って行って年賀状のプリントを
      お願いした。
      去年は予約に間に合わなかったし、いつも期限ぎりぎりで依頼するのに、
      今年はなぜか、早々に依頼してしまった。

      就寝前の血圧は119/76.


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2006年11月25日 (土)

1回目の発作

2006年11月25日(土)
  相変わらず名古屋の工場建屋へ入ると目の具合がおかしい。
  他所ではそう気にならないから、この建屋の照明固有のことだろうと思っていた。
  今日は、名古屋へは行かず、岐阜で仕事だ。
 17:30頃
  仕事を終えて帰宅へ。
  11月5日の故障以来ずっと出社が続いていたが明日は休めそうだ。
  今年は紅葉も撮ってないが、遅れ気味の紅葉と廃止を間近にした神岡鉄道へ
  写真を撮りに行って気晴らしでもしようか。
  そう思うと、ちょっと気が楽になって家路へマイカーを走らせた。
  いつも通る道をいつものように走らせる。いつもとおる信号付き横断歩道に近づく。
  ここは、信号無視の横断者が多いので気を付けるところだ。
  右手から勢い良く、自転車が渡ってきた。なんという無謀な!徐行して進む。

  と、思ったら突然、赤信号が視界に入り急ブレーキだ。

  なぜだ。ブラックアウトしたように、ぜんぜん、赤信号が視野に無かった。

   なぜだ?

  なんか、おかしい。疲れのせいかと思いつつ。

 21:30
  明日は撮影と思い。風呂に入った。
  湯船に浸かり、「ああ気持ちいい」と思った瞬間だった。
   キーン耳鳴りがが始まった。

  のぼせたか、と思いながら体を洗って風呂を出る。

 22:10頃
   ちょっと、頭が痛い。しんどいなあと思いながら、居間で休んでいると、
   名古屋の工場から機械が壊れたとHELP電話だ。

   業者でないとできないことを尋ねられても、なんともならない。
   そのために名古屋にいる要員が居るのに帰宅させといて、こちらに
   電話を掛けて来たのだった。
   明日で良いか?了解を取って、電話を切る。
   そのまま、横になってしまった。

 22:30過ぎ
   楽になった。HELP電話のことが気になる。
   とりあえず、岐阜の工場へ機械の資料を調べに行くことにする。
   車で工場へはこの時間なら20分ほどだ。

   そして、2Kmほど走った岐阜市内で、視界がぐるぐる回りだした。
   だめだ。路肩に車を止めて休む。5分ほどで、視界は戻った。
   とにかく自宅へ帰る。特に、ふらつくことなく帰宅。
   狭い我が家の駐車場へも難なく車を納めた。そして、下車すると
   思った方向へ歩くことができない。体が右へ傾いて目が回る。

   結局、見兼ねた母親が救急車を呼んだ。
   多分 23時半頃だろう。
   救急車内での血圧測定は158/104だった。
   救急車で近くのA大学付属M病院へ運ばれた。
   すぐさまCT撮影。出血は無いということで点滴。
   ひとまず様子を見ることになったが特に様態の変化もなく血圧も下がったので、
   AM1:00に帰宅となった。

11月26日(日)
   朝7:30の血圧は、108/70。
   まるで、昨日のことは嘘のように体調は穏やかだ。
   とはいっても、救急車騒ぎの直後。撮影などもってのほかで一日中
   大人しくしていた。
   夜20:00の血圧は127/89 ほぼ平常な血圧に戻っていた。
   明日は月曜日、朝から重要な会議が目白押しだ。出社できるか。

11月27日(月)
   出社のため6:00起床。しかし、締め付けられるように頭全体に頭痛がする。
   出社を諦めて会社に電話するが出ないので留守電をいれておく。
  7:30 血圧は97/59。8:15には122/80となった。
  9:00 頭痛は続く。痛みは前の方へ集中して来た。
       首の右後ろがこったように痛い。
 10:30 土曜日に搬送された、M病院へ行く。
       病院に入ると、名古屋の工場と同じように照明で目眩がする。
       あの工場だけでは無いのか!
       脳神経外科で診察を受ける。
       首の痛み、目の眩み、頭痛など思いつくことは全て言った。
       血圧は160/108と土曜日より上がっていた。
       即座にMRI検査となった。初めてのMRIだ。
       磁気共鳴検査というだけあって、頭の中で共鳴して色々な音がする。
       約20分間じっと動かず我慢せよと言われたが、思ったほど長くなかった。
       MRI検査を終え、診断を待つ間、横になる。
       診断室に呼ばれて、ふらつく足で行くが、異常が無いという。
       過労によるだろうという診断。なんということだ・・・・・・
       今日と土曜日の救急治療の精算をして帰宅する。
       頭痛は治まらず、横になった。
 21:00 血圧は122/83 正常だ。とにかく寝る。

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2006年11月18日 (土)

DE10解体

樽見鉄道の貨物が廃止されて、8ヶ月。部品確保用として、JR東海からやってきて長らく野晒しだったDE10達の解体が始まった。手始めに解体されているのはDE10-1516。
エンジン関係はまだまだ使える部品があるのであろう、丁寧に分解作業が行われている傍らで車体の溶断が進んでいた。
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樽見鉄道の新参車

「ニセコ」へ行く途中に、久しぶりに樽見鉄道へ寄ってみた。

すると見慣れない車両がいる。塗装から何処から来たのかすぐに判った。
月末に廃止される同じ岐阜県内の第三セクター鉄道の神岡鉄道の除雪用DB1だ。
昨年、大雪に苦しめられた樽見鉄道にとっては、モーターカーロータリの購入は強力な助っ人であるが、一方では生き残った、TDE113とTDE105の息の根を止める存在ともなるので複雑な心境だ。
写真は本巣駅構内に置かれたDB1
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こちらは、神岡鉄道での活躍の記録: 漆山 2001年12月15日撮影
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2006年11月17日 (金)

今朝の千手堂

11月9日に始まった千手堂の軌道撤去は連夜の作業の結果、既に交差点内と停留所付近の撤去がほぼ終了しました。神田町の長良本線の撤去も進んでおり、どんどんと市内から軌道が消えています。
写真は、11月17日の朝の千手堂交差点
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2006年11月12日 (日)

ニセコ写真展(11/10~22)

毎年、珈琲倶楽部ニセコで開催の「ニセコ写真展」に今年も出展しました。
開催は、11月10日(金)~22日(水)
9:00AM~6:00PMです。

場所:岐阜県本巣郡北方町柱本南2-149
珈琲倶楽部GALLERYニセコ
ただし、木曜日は定休日
北方町総合体育館の西側です。

私は、仕事のためあまり顔を出せませんがご笑覧いただければ幸いです。
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2006年11月 9日 (木)

千手堂の軌道撤去開始

いよいよ、今月のギャラリーで紹介の千手堂交差点付近の軌道撤去が開始されました。今夜は、私が長年利用してきた新岐阜方面電停付近です。合掌
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2006年11月 5日 (日)

眼鏡の買い替え

2006年11月3日

  実は、昨年の免許更新で視力検査がきわどかった。
  5月の健康診断でもギリギリだった。
  自分でも特に夜は見難い。最近は仕事で夜遅く車で帰宅することが多いので深刻だ。
  奮発して、眼鏡を買い替えた。年も考えて、遠近両用にもした。

  慣れると、景色が素晴らしきクリヤに見えて感激であった。


11月4日
  この日は、別途Blogに報告の通り、磐越西線そして水郡線へ撮影に行き徹夜状態だった。
  その撮影を終えた帰路で工場から突発故障の呼び出しが掛かった。
  そのまま寝ずの運転で帰宅。1時間ほど仮眠した。

11月5日
  2日連続の徹夜運転。仮眠1時間で工場へ慌てて駆けつけて
  みると、 おかしい・・・・・・・・。

  焦点が定まらない。何か目眩のような感じがする。
  このときは、遠近両用眼鏡のせいで、中途半端な距離の構造物に目が合焦しない
  のだろうと思っていたのだが。

  結局この日から、生産確保の支援のため、なんやかんやで、毎日工場へ行くことになった。

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久しぶりの遠征

DD53が「ばんえつ物語」を引くので久しぶりに磐越西線へ行ってきた。

本当は3連休を利用して、色々周りたかったが、日帰りで、DD53とDE10の客レを撮るという強行を行ってきました。

紅葉は、暖かい日が続いたためか、色がもうひとつという感じでしたが天気が良かったのが何より。
混雑する場所は避けて、一人ノンビリと撮影してきました。
写真は、阿賀野川沿いを行く「DD53ばんえつ物語」 荻野~山都
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2006年11月 3日 (金)

競輪場の軌道撤去

競輪場付近の軌道が撤去されたと、幣blogへのコメントで知りましたので、出勤時に寄り道してみました。
丁度、市ノ坪側の分岐部分でアスファルトを剥がしてレールの切断を行っていました。
岐阜工場内のレールの撤去も進んでおり田神線関係の撤去が一番進んでいるのでしょうか。
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11月の更新

HPの11月の更新を行いました。
表紙は久しぶりに復活を願って活きているC12164としました。
ギャラリーには、軌道撤去が行われている名鉄岐阜市内線のうち近所である忠節支線の千手堂界隈の写真を集めてみました。

かっては、朝夕には美濃町線からモ580やモ590が赤い専用サボを付けた急行として乗り入れ弱め界磁を使った高速運転をしていましたが、ハーフサイズカメラの不鮮明写真ながらスキャンが出来たので加えて見ました。
古い写真が多くお見苦しい部分もありますが、ご笑覧ください。

   ロコのページ

写真は、伊吹山が望めた最後の日となった、2005年3月30日の千手堂交差点をすれ違うモ570とモ770。
20061103_050330imgp0408


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